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星降る街に『嵐』が来る

こんにちは。

昨日はびっくりしたことがありました。少女漫画『エンジェル・ハント』を描いた漫画家おおばやしみゆきさんが、先日感想を書いた『本好きの下剋上』の大ファンだったのです。それだけならそんなに驚くほどのことではなかったのですが、そうとは知らず、おおばやしさんの二次創作をTwitterでお見かけしたことがあったんですよ……気がつかなかった。びっくりした。信者に紛れてた。違和感がなさすぎて。げに恐ろしきは本好きの魔力かな……。

まぁ前置きはここまでにして、今日の感想です。

『ストーム・ブリング・ワールド』1・2 冲方丁 著

大変恥ずかしながら当方、冲方さんのことはこちらの本で知りました。ファンと名乗るにはあまりにも未読が多いのですが、少なくとも、この『ストーム・ブリング・ワールド』(以下「SBW」とする)のファンではあると言いたいです。

SBWは冲方さんの作品の中でも初期の作品です……が、わたしが持っているのは加筆修正した『真』装版なのです。改定前のものは絶版で手に入らず。機会があればそちらも読みたい。あと、今は友人に貸してしまっていて本が手元にないのです。細かいところはさすがに記憶が曖昧なのですが、どうしてもこのチャレンジ中に記事にしたいと思い、筆を執りました。当時感想をノートにしたためていたものが見つかりましたので、そちらと記憶を頼りに今回は書いていきます。よろしくお願いします。

創造の女神カルドラが手にしていた<創造の書>――カルドセプト。神々の争いで砕けたそれは<カルド>と呼ばれ、それを駆使するものを<駆使者・セプター>と呼んだ。

セプター候補生として平和な街の神殿で学んでいた少女アーティミスと、そこへ転学してきた変わり者の少年リェロン。ふたりの出会いが、運命を大きく動かしていく。

これは『カルドセプト』というゲームのノベライズなんですね。わたしは1ミリも知りませんでしたが、気になりませんでした。知らない方でも面白く読めると思います。主軸は少女アーティと少年リェロンのボーイミーツガールですから。感想メモを見ると、冲方さんは「大河ロマン的ファンタジー青春ボーイミーツガール」を目指していたそうで、本書は今時そうそうお目にかかれないほど、王道を行く内容です。こういうのに弱いのです。

主人公は少年リェロンの方ですね。彼は実はエルライ公国という亡国の王子で、唯一の生き残りという立場にあります。うつくしいものを愛し、絵を描くのが好きだった少年は、セプターの侵略によって日常を破壊され、微笑みを奪われた。そうして今、少年は国を滅ぼした集団<黒のセプター>に敵対する<サダルメリク>に所属する使徒として生きている――。

<サダルメリク>はアヅマと呼ばれる予言を行う少女をトップとした集団です。その予言においてセプター同士の大きな争いのことを「嵐」と表現し、<サダルメリク>はその「嵐」を回避するための集団なのです。たいていは、予言を現地の人に信じてもらえず、後手に回ることが多いのですが……今回は「嵐」が起こりそうな重要な場所にリェロンを潜入させるという大胆な手を打ちます。そうして転学生として入った神殿で、彼は彼女と出会うのです。

ヒロインのアーティミス・フェランは英雄ダイオンの一人娘。真面目で快活、神殿で学ぶセプター候補生たちの頼れる学級長のような少女です。しかし段々と明かされていく少女の秘密に、幼い子どもだったアーティのことを考えると胸が痛くなります。

この物語の軸は「嘘」なのだと、冲方さんは書いておられました。少年はあるとき突然、世界への愛が嘘になってしまった。泣き虫だった少女は家族を嘘で繋ぎとめようとした。そうして出会ったふたりが、自分の嘘と向き合い、失ったものを取り戻していくのです。彼あるいは彼女がいたから彼らは笑みと涙を取り戻せた……うつくしすぎて、読んでいるこちらに涙が出そう。リェロンの痛ましい決意と、アーティの強さと脆さ……ため息がでそうなほど、対比がうつくしい。リェロンは自分の選択は不可逆のものだと知っていて、もう普通の子どもとして生きていくことはできないと、誰より分かっている。だからアーティが輝いて見えるし、彼女の持つ精神的な強さに憧れる。リェロン側からはだいたい全部分かってるのに、アーティ側からはリェロンのことがまったく分からないのもまたおもしろいんですよ。事が起こるまでは「なんなのアイツ、すごい変なやつ」くらいの認識しかできないんです。

  見ろ、見ろ、

  泣いたら何も見えなくなる。

      ――アーティミス

あとは帯だか見返しだか何だかに書いてあった「変えられるのは、強い自分」っていうコピーもアーティミスという少女の信念が伺えます。彼女は勇ましい少女であり、決して知られてはならない弱みを持つ少女でもあります。

今までずっとリェロンとアーティの話しかしてませんが、他のキャラクターも魅力的です。リェロンと同じく<サダルメリク>に所属する隻翼の戦士ゼピュロスはとにかくカッコいいし、アーティを一方的にライバル視しているお山の大将エンリケ、アーティの学友レミ。それと忘れちゃいけないグリマルキンの姉さん! わたしもグリに人生を教えていただきたい……。

長くなってしまったので、無理矢理まとめに入ります。個人的にこの小説を一押しする理由に、リェロンのとあるセリフがあるのです。それはアーティの「この街に来たのがあなたでよかった」というような(ちょっと記憶が曖昧)言葉への返答なのですが、これがまたすごいタイムラグを経て、しかも「ここで! その返事とか! 胸熱すぎるでしょう!!!」ってタイミングで来るのです。このリェロンのセリフは、わたしの短くはない今までの読書経験の中でもカッコいいセリフ第1位に凛然と輝いています。セリフ自体は凡庸なのですし、カッコいいセリフなんて他にいくらでもありますがね、あのときのリェロンの言葉としては状況も含めてこれ以上はないんです。自然に彼の口から出てくる言葉として違和感がない、飾らない言葉である、ということも重要です。そして彼の成長と変化も感じられる……素晴らしいセリフです。……短いセリフに対してあまりに熱心に語ってしまいましたが、森戸はヤバいやつだと指さされてないでしょうか。大丈夫でしょうか。指さされても小声で語りますけれども。

最後に少し蛇足。

1巻ラストは衝撃です。ここばかりはネタバレできないので、読んでいただくしか方法がありません。表紙について、2巻は炎の中で毅然とするリェロンです。友人が1巻を読んでいる時にカバーをわざわざ2巻のものにしていたくらいにはイケメンです。わたしは1巻のアーティも可愛いと思うんですがね……。あと、リェロンってすごい発音しにくいですよね? どれが正しい発音なのか、いまだに謎です。

 

冲方丁.ストーム・ブリング・ワールド1.メディアファクトリー,2009,248p.

 ISBN:978-4840128612

冲方丁.ストーム・ブリング・ワールド2.メディアファクトリー,2009,232p.

 ISBN:978-4840130486

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