それは、“さだめ”であったのだ
こんにちは。
男子フィギュアフリーを観るためTVの前に張りついてます。
今日は長ったらしい前置きはなしにしましょう。
『薄紅天女』 荻原規子 さん
日本神話ファンタジーを切り開いたと言われる荻原さん。今回取り上げるのは荻原さんのデビュー作である『空色勾玉』からなる勾玉三部作の最後を飾る作品です。……実は外伝が、この後にもう一冊あるのですが、それはまた別のお話。
神話の時代の『空色勾玉』、日本武尊の時代の『白鳥異伝』、そして長岡京時代の『薄紅天女』、これが闇(くら)の女神の勾玉をめぐる物語。『空色勾玉』では輝(かぐ)と闇(くら)の対立、そして融和と共存を描いています。この「輝と闇」というのがまた、もう、なんて柔らかくきれいな言葉なんでしょう。作品には豊葦原の中つ国の美しさが詰まっています。登場人物の言葉使いも美しく、どっぷりと透き通るような世界に浸かれます。
……と、薄紅天女に話を戻しましょう。このままだと尺が空色勾玉で終わってしまう。
薄紅天女はダブル主人公のような、荻原さんにしては珍しく男の子をメインに据えた作品で――※荻原さんの作品の多くは女の子を主人公にしています――異なるふたつの軸を別個に展開した後に、それらを混ぜ合わせるという形を取っています。
前半は、古くは国造と呼ばれた武蔵国足立群の竹芝に生きる少年・阿高を主軸に、彼の生まれと、姿も知らぬ母を知っていく物語。後半は苑上という少女が主人公となり、場所も都に変わります。苑上は内親王――つまり帝の娘で、上に日嗣の御子である兄、下に親王である弟がいます。都では物の怪が跋扈し、兄はこころを病んでいった。そんなときに今上天皇に伊勢神宮へ行くように言われ、苑上は自分が男でないから、国を担えないから厄介払いをされたのだと感じました。彼女は男装の麗人として宮仕えをする藤原仲成に出会い、自分も男装してしまえばいい! と斜め上の発想に至ります。弟の賀美野に伊勢行きを押しつけ(女装させられる弟)、自分は「鈴鹿丸」と名を変え仲成とともに「さらなる厄災」に立ち向かう――かと思いきや足手まといでさらには迷子になるという困ったちゃん。しかしこれもきっと運命だったのです。だって、迷子になったことで彼女は前半の主人公・阿高と出会ったのですもの。
少し、阿高の話をしましょう。阿高は竹芝で、それはもうモテました。同い年の叔父の藤太とともに「竹芝の二連」なんて呼ばれてふたりして女の子泣かせなイケメンだったのです。ふたりはまるで双子のように仲が良く、その性格は反対で、阿高は顔立ちは中性的で好意を寄せられようがお構いなしで女の子に冷たく、藤太は男らしい魅力を持ち、甘い言葉と態度で女の子を虜にしては去っていく……おい、藤太、お前は有罪だ。まぁ、ベタなことを言いますと、彼も本気の恋、真実の愛なんてものを見つけるんです。相手の子がまたいい子で。彼女の方が度量が大きくてよっぽどイケメンだわ。なんで藤太なんだろう……やっぱり顔かしら。
そうか。おれは死ぬかもしれないんだな。
いいえ、わたしが死なせない。
わたしはあの女神さまの言葉を信じることにしたの。
あなたは帰ってくる人よ。必ずわたしのもとへ帰ってくる。
――藤太と千種
千種イケメーン! 藤太のお相手・千種は機織りの巫女であります。彼女が身を削って機を織って祈ってくれたから藤太は死地から帰還することができたわけです。もう一生彼女に頭が上がりませんね。これだけ手厳しく言っていますけれど、彼も紛うことなき好青年であることを明言しておきます。だって彼は自分の甥をとても大事にしていますから。彼がいなければ阿高はきっと、人に戻れなかった。阿高の救いとなったのは苑上でも、彼女に出会うまで彼を人のまま留めたのは、間違いなく藤太の存在です。
阿高の母は、蝦夷たちの”明るい火”、炉辺の女神<チキサニ>、一族の巫女でした。彼女は戦で迷い込んできた勝総(阿高の父)を助け、彼を愛した。それがたとえ一族を裏切ることであっても。死んでしまった一族の巫女の血を引く阿高を蝦夷たちは誘い出し、再び一族の女神を取り戻すための儀式を行おうとする。阿高は蝦夷の理解者リサトの協力や、竹芝から助けに来た藤太たちによってなんとか逃亡に成功します。そうして、阿高は「鈴」と出会うのです。
炉辺の火の女神チキサニは最後の勾玉「明玉」の持ち主だったのですが、阿高は男です。乙女の玉は乙女の手になければ、正しく働きません。それがまた、阿高を苦しめるわけですが、彼はきちんと自分で答えを見つけました。そうして勾玉の物語は終わったのです。ここから先は彼らが自分の意思で紡いでいく物語なんです。
いい忘れたこと?
いっしょに武蔵へ行かないかといわなかった
――阿高と苑上
しかし最後にとんでもない爆弾がしかけられていました。事実上のプロポーズ……! あの、阿高が! 淡泊で、女の子に興味の欠片もなかった、あの阿高が!!! 苑上が竹芝の鈴として生きていく夢を夢のままにする覚悟、彼の幸せを祈り願う覚悟をしたあとにこれは、あまりに幸せなので読者こそ「これは夢なのでは?」と思ってしまいそうになります。荻原さんの作品は、ここぞという肝心なときには男の子がカッコいいのでずるいです。
荻原規子.薄紅天女.徳間書店,1996,484p.
ISBN:978-4198605582