雨の中で踊ったことはありますか?
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羽生選手、宇野選手、フェルナンデス選手、メダル獲得おめでとうございます! 田中刑事選手も全力を尽くされていましたね。選手の方々、お疲れ様です。羽生選手の右足も頑張ってくれて、本当に良かった。しかし昨日の男子フリーと言えば、ネイサン・チェン選手! まだ若い選手ですが、大きなプレッシャーがかかる中、フリーでは気迫のある素晴らしい演技で怒涛の巻き返しをし、見事4位に食らいつきました。
フィギュアスケートはGPシリーズや世界選手権大会などの有名な大会をTV観戦するくらいなのですが、演技はもちろん、男女ともに衣装を見るのも好きで、演技前に観察するのが癖だったりします。今回のフェルナンデス選手の衣装はご本人にとても似合いで、特にフリーの生成りの衣装は素敵でした。シンプルでドン・キホーテらしく、かつ彼のスタイルをよく見せていたと思います。羽生選手や宇野選手の衣装はきらびやかなのですが受ける印象は、羽生選手が軽やかさや爽やかさなら、宇野選手は重厚感。真逆です。目指している方向性がそれだけ違うということなのでしょうね。そういえばトゥーランドット、黄色じゃなくて青い衣装でよかった。あちらの方が宇野選手に映えると思います。
女子の方も今からとても楽しみです。選手の皆様方が悔いのない演技ができますよう、こっそり祈っております。そうそう、ちょっと前になるのですが、鈴木明子さんのシルク・ドゥ・ソレイユの衣装が好きです……というかプログラムも好きです。鈴木さんの衣装はいつも品があって素敵だったのでかぶりついて見てました。
オリンピック、普段見ない競技も見れて楽しいですよね。スキージャンプの葛西選手はオリンピック8度目と聞いて目玉が飛び出るかと思いました。年齢ももちろんですけど、とんでもなくすごいことです。だって五輪8回って32年ですよ。それだけの間、ずっと第一線で戦える選手でいるって、もう、そりゃあレジェンドとも呼ばれますよ。
今までの話題とは全然関係ないのですが、なんというか日々すごいことは起こっているのだな、と感じる出来事がひとつ。昨日の朝日杯将棋オープン戦で羽生竜王を藤井五段が破り(ちなみにこの前に佐藤名人を破っている)、同日に行われた決勝で広瀬八段と対局し、優勝したそうです。この朝日杯は持ち時間40分の早指しという珍しい棋戦なのですが、いやはやすごい。彼は順位戦でC級1組に上がって五段になったばかりですが早くも六段へ昇段したそうで。これは「五段昇段後、全棋士参加の棋戦で優勝」という規定での昇段。史上最年少六段。すごい。語彙がなくなる。……現実は小説より奇なりとはよく言ったものです。
さて、いつまでも五輪と将棋の話をしていないで、本題を始めましょう。
今日は前に名前を出した本の話です。
『詩羽のいる街』 山本弘 著
家を持たず、金も持たない謎の女――詩羽。これは「触媒」と評された彼女が織りなす小さな奇跡の物語。
ちょうど『図書館戦争』にハマったあとに本屋に寄ったときのことです。どこか見覚えのある絵だ……そう、この『詩羽のいる街』の表紙は、『図書館戦争』の表紙を描いていた徒花スクモさんの絵でした。わたしは絵を見分けるのが得意だと自負しています。まぁ、スクモさんの絵はとても特徴的ですが。ともかくそれは単行本が文庫化されたタイミングでした。
作者の山本さんはSFが本職……というか、お好きなんだと思います。詩羽にもSFの話が出てきますし、『BISビブリオバトル部1 翼を持つ少女』でもSF好きの少女が主人公です。わたし自身SFはジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの『たったひとつの冴えたやりかた』くらいしか読んでないのですが……やはり詩羽に出てくるクラークの『2001年宇宙の旅』や、ブラッドベリの『火星年代記』、文学少女に出ていたハインラインの『夏への扉』、『RDG』の高柳一条の愛読書ダニエル・キイスの『アルジャーノンに花束を』、『ゲド戦記』で有名なアーシュラ・ル=グィンの『闇の左手』なども読まねばならないでしょうか……! きっと必読本だと思うのです。いつか読みたい。あ、個人的にはパラレルワールドを爽やかな青春とともに描いた静月遠火さんの『パララバ―Parallel lovers―』もおすすめです。読みやすいですし。
気を取り直しまして。
これは詩羽を中心にした短編連作みたいな構成ですかね。あれみたいな……知ってる方はいらっしゃるかな……菱田愛日さんの『空の彼方』のような。いや、やっぱりちょっと違うかな。本作では短編のようなものが4話分あります。それらは時間順に並んでおり、最初は詩羽とくすぶる漫画家志望の青年の話。2話目は少女が自殺をしようとしていたところに出くわした詩羽の話。3話目は人を論理で幸せにするという信念を持つ詩羽の天敵の話。最後は漫画家・坂城しじまの憤りと苦悩、そしてほんの少しだけ詩羽の過去が見えてくる、そんなお話。
どこを取っても名台詞が飛び出してくる、びっくり箱みたいな作品です。世界は愛なんかじゃ救われないって宣言しちゃうヒロイン詩羽に、どんどん変えられていく周囲。幸せは論理で作れるし、ひとは分かり合える。突拍子もないのにすごく魅力的な詩羽は作中で表現されるようにまさに「触媒」。それ自身は変わることなく、周囲を変える力を持つ――
衝撃を受けましたね。目から鱗というか。これを読むと「目的と手段を間違ってはいない?」と問いかけられ、幸福になるという目的を忘れていたことに気がつきます。うん、何度読んでもすごい本です。
作中で、求める漫画はどんな漫画かと聞かれて登場人物が「希望が持てるマンガよ」と答えるシーンがあるのですが、これがまたいい言葉だなと感じますね。深いのは、言っている本人は自分がそれを描けなかった後悔というか、そういうものを持っているからこその発言であり、憧憬がそこにあるというところなんです。その人は今まで一度も希望を描けなかったわけではないけれど、今は希望を信じ切れないし、そんな状態で希望は描けないと思っている。この世界の中に悪意がどれほど根深く蔓延り、どんなに惨く正義を食い潰していくのか、目の当たりにしてしまったから……。
今は悪にも正義があるという正義の多様化の時代ですから、絶対の正義はあり得ない時代になりました。そもそも正義という言葉も今じゃ陳腐で胡散臭いものになってしまい、まさに「正義は死んだ」という状況なのかもしれません。ニーチェかな? \神は死んだ/ ……いや、よく知らないんですけどね?
詩羽とかかわった人物はおおむね幸せになります。それは彼ら自身がほんの少し変わったからです。そして、その変化は詩羽というひとりの女性がきっかけとなったもの。世界は変えていくことができると、彼女は知っています。平和とか信じるものは人によって違っても、人は論理によって分かり合うことができるんです。
それは論理的じゃない。もっと、お互いが幸せになる方法があるでしょう? さぁ、論理的に考えてみて! 敵じゃなく、味方につけた方がずっとずっといいことがあるでしょう?
――これは、そんな風に語りかけてくる物語です。
気になった方はちょっとだけ、詩羽がいるこの街を覗いてみませんか? きっと詩羽がほんの少しだけ、誰もが囚われている常識という名の目隠しを外してくれますよ。
山本弘.詩羽のいる街.角川書店,2011,455p.
ISBN:978‐4‐04‐100019‐9