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ファースト・コンタクトの夢

  なにがあっても忘れないで――あたしたちが大の親友だったこと

  さよなら、大好きなコーティ・キャス

『たったひとつの冴えたやりかた』 ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア 著

訳は浅倉久志さんです。海外SF小説の翻訳をたくさんしてらっしゃった方ですね。表紙イラストは片山若子さん。とっても素敵な絵です。表紙とタイトル買いでした。

著者のジェイムズ・ティプトリー・ジュニアは男性名ですが、女性です。訳者あとがきに書かれた彼女とその夫の最期は……うん、かなりショッキングですよ。このエピソードを知ってからだと、三篇入っているうちの表題作「たったひとつの冴えたやりかた」が少し違って見えてきます。これは架空の物語ではなく、彼女が目指した場所、彼女自身の物語なのだと。

この本に入っているのは表題作「たったひとつの冴えたやりかた」と「グッドナイト、スイートハーツ」、「衝突」の三篇です。なかでも一等好きなのは「たったひとつの冴えたやりかた」です。これは勇敢で賢いヒューマンの少女、コーティ・キャスと、やさしく幼いイーアのシロベーン、このふたりのファースト・コンタクトのお話です。

SFにおけるファースト・コンタクト――つまり、異種族との出会いの物語というのはおそらく定番中の定番といってよいのではないでしょうか。イーアはとても小さな個体で、それ単体では存在できません。そのため、宿主をさがし、その宿主の脳に住み着いて暮らしています。普段彼らが宿主とするのはドロンという種族で、イーアがドロンに寄生することではじめて、ふたつでひとつの種族イーアドロンとして成立します。そして、ひょんなことから主人公のコーティは、このイーアに脳を間借りさせることになったのです。

ふたりは宇宙を旅していきます。若い好奇心、冒険に憧れるこころ、コーティという賢い少女からはそんなものが溢れ出さんばかりにあるのですから。彼女たちは間もなく互いを親友と呼ぶようになります。けれど彼らの短い冒険はイーアという種族の、ひとつだけでは成立しえない未完成な種族の、抑えようのない衝動によって幕を閉じることになりました。

あぁ、憐れな、珍しく、幼い、つがう相手を持たないイーア。そして賢明なコーティ。彼女はシロベーンとシロベーンから生み出されるだろう種子を、そして己自身を、故郷に持ち帰ることはできないと考えます。シロベーンもまた、正気に戻ったところでコーティを自分が殺してしまって(衝動が抑えられないなら遅かれ早かれそうなる)どうしてのうのうと生きていられるものか、そう言うのです。

それでさ、あそこに美しい黄色の太陽が見えるでしょ。

  (中略)……まるで、あたしたちを待っているみたいじゃない……シル?

  ――コーティ・キャス

これが、たったひとつの冴えたやりかた。たった、ひとつの。

コーティの故郷で彼女が残したメッセージパイプの録音を聞くという形式を取っていますが、これを聞かされるコーティの父親の気持ちと言ったら……。彼がシロベーンのことを娘のことを殺した寄生虫のようにしか思えないのは無理もありません。でも、コーティはそれを望んでいないのです。ヒューマンのコーティ・キャスとイーアのシロベーンは、間違いなく、友だったのですから。

「グッドナイト、スイートハーツ」はサルベージ船に乗る男性と初恋の女性の再会の物語。あれですね、冷凍睡眠を使用して宇宙を旅する人と、惑星にいたままの人では過ごす時間が違うという命題の。この話も好きです。ちょっと登場人物の来歴と感情が複雑すぎて端的には表現できないのですが……。

最後の「衝突」も、ファースト・コンタクトの話ですね。しっぽの生えた、首のところにも小さな手のある、水が弱点のジーロ。彼らは生殖に3人のパートナーを必要とし、最初の男女パートナーから生まれた(ちなみに男性の育児嚢の中で育まれる)第3のパートナー「ムルヌー」がいるという特色のある種族です。ムルヌーの寿命は短く、またムルヌーだけでの繁殖はできないため、彼らの命は生まれてくるジーロの子のためにあると言っても過言ではありません。ムルヌーは子のために尽くして、死ぬのです。

……このジーロとか、ムルヌーとか、先に出ていたイーアドロンとか、誰が考えたんでしょうね? すごい思いもつかない設定がてんこ盛りで初読のときは目を白黒させていました。本格的なSFはこれが初めてだったので、正直、物語より種族のありかたの方にばかり目がいってしまって、これを考えた人はすごいな、という感想しか出てきませんでした。

読み返してみると、ヒューマン側からだとジーロの影響力というか、地場の影響力が強すぎて軽くホラーだったのですが、ジーロの視点だと彼らがとっても可愛く思えてきます。特にムルヌーがとってもキュート。

これらの三篇は、大学の図書館でコメノという種族のふたりの学生が司書に選んでもらった資料という体裁を取っています。つまり、物語の中に物語があるという入れ子構造です。このコメノたちが出てくると、ふっと物語世界から戻ってきたような感覚になります。あぁ、そうだった、これは遠い昔の記録だったんだ――と思い出すというか。実際には、もう一層薄いだけの物語の枠の中なわけでありますが。

このコメノたちや司書も可愛らしくて。エイリアンって可愛いんですかね? それともジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの描く異種族が可愛いだけ?

 

ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア.たったひとつの冴えたやりかた.早川書房,1987,379p.

ISBN:978-4-15-010739-0

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