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Never Ending Story

  • 執筆者の写真: 森戸
    森戸
  • 2021年10月20日
  • 読了時間: 10分

更新日:2022年4月19日


こんばんは。近頃は急に寒くなりましたね。

なんだかやたらと忙しくて胃が痛い日々ですが、病院にも行きづらい世の中ですし、風邪引かないようにしないと。

体調を崩されている方はよくよく養生なさってくださいね。


さて。

本日こうして筆を執りましたのは理由があります。




MEZZO” 1stアルバム『Intelmezzo

リリースおめでとうございます!




はい、これです。

えっ? この前も散々鬼みたいな文字数割いて語ってたのに?

そんな声が聞こえた気がします。幻聴です。

あれはあれ、これはこれ。気にせず書きます……と言いたいところではありますが。

実は、前回の3回連載記事ですね、話題を広げすぎて無理にまとめたら微妙な仕上がりになってしまったのが気がかりがったんですよねぇ~~~~~!

ということで、今回は「コンパクト! メインテーマを忘れずに!」を標語として掲げ、お話して参る所存でございます。

どうぞよろしく!


MEZZO”というグループ

本日リリースされたアルバムに収録されたのは既存曲に新曲2曲を加えた10曲。

まさしくこれまでのMEZZO”のすべてと言えるアルバムです。

『アイドリッシュセブン』において、それぞれのカラーがはっきりしているグループが居並ぶ中、MEZZO”というグループは当初しっとりとした恋のバラードを情感的、あるいは少々感傷的に歌い上げるイメージで売り出していました。


最初は「メゾピアノとメゾフォルテ逆じゃないの?」と感じていたものですが、彼らの柔い部分を垣間見るたびに、これで合っているのだと頷きを深めました。

どこだかで同じ感想をお見掛けしたので、割とメジャーな受け止め方ではないかと思うのですが、アイナナ制作陣の意図したものを間違いなく届ける手腕には舌を巻くというか、素晴らしいものがありますよね。

作っている人々がまず作品の大ファンであるという前提が、作品愛を共有するファンに対する強い信頼に繋がっているように感じます。

なにはともあれ、小鳥遊社長の慧眼には感嘆しかありません。(わたしは社長に結構な不信感があるのですが、彼の見る目の高さだけは認めざるを得ないと思っています)


不本意なデビューとなった頃のMEZZO”を思い返すと……胃が痛くてどうしようもないですね! いや割と本気で。

それがこんな安定感のあるデュオになるなんて1部の頃は思いもしなかったなぁ。


唐突なんですが、わたしのMEZZO”に対するイメージって「海」なんです。

それもどちらかと言うと「深海」の方。

海の底でふたりきり、息が苦しくてどうしようもないのにそこから動かないことを選び続けるような……だめだ、伝わる気がしない!

とにかく閉鎖的なんですよ。個別だとそうでもないのに、組ませると途端に誰も入り込めなくなる。

根本を形作る経験を共有できる特別な相手であり、大切にしたいと選択した結果であり、相補的な欠けたピースの一対でもある。いや改めて挙げてみるとこれは入る隙ありませんわ。ちょっと危ういくらい。

でも、恐ろしいことに奴ら、これが明らかになる前(険悪すぎて最悪を更新し続けていた初期)でも滲み出してたんですよね……!


この「危うさ」ってのが、MEZZO”の大きな魅力のひとつでもあると思っていて。

不安定さと言い換えてもいいんですが、これは彼らが欠けたる者であることが一番の要因ですね。不可逆的な大きな喪失を抱えたが故の魅力です(アイナナ感想で触れた九条鷹匡の魅力と同質のもの)。

身も蓋もなく表現してしまうと「憂いを帯びた美少年/美男はみんな好きだろ?」ということになってしまうのがアレなんですが。

このあたりのイメージが連鎖的に「水(転じて雨や海など息苦しさをもたらすもの)」や「月(鏡、硝子など壊れやすく儚いもの)」「夜(孤独や、ほの暗さを感じさせるもの)」を引き連れてくるんでしょうね。


どなたかの感想で、MEZZO”は月だと表現されていたのが言い得て妙だなと感じたのを覚えています。

わたしはMEZZO”が好きですが、彼らがMEZZO”としててっぺんを獲る姿はどうにも想像できないんですよね。彼らがそういうグループではないからです。

月の満ち欠けのようにその時々で姿を変え、ひっそりと、でも確かにそこに在って、傷ついた心の柔い部分を強烈に惹きつける。

こういったものは得てして、覇権を獲るほど広くは受け入れられない一方で、ごく一部には熱狂的なまでに求められるものです。


の成長と

上でも少し語りましたが、初期の環と言えば彼の未成熟さというか悪い意味での幼さと孤独さが前面に出てきてしまっていた頃でした。

壮五は壮五でなまじスペックが高いのと生来の性格もあって溜め込む溜め込む。そして溜め込まれると環は苛立つという負のループ。ここまで見事だともう笑うしかない。


四葉環という人物は圧倒的に「言葉が足りない」人間でした。

これは彼の話を腰を据えて聞いてくれる人がいなかったからかもしれないし、彼がもともと感覚派の天才肌だったからかもしれません。

ともあれ、彼の中には彼の心根を正確に表現するための言葉がありませんでした。

だからこそ「不快」と感じたものはすべて怒りに変換されてしまっていたし、きっと事務所に所属する前だって、それが原因でこじれたことも少なくなかったはずです。


ただ、彼には言葉の代わりにダンスがありました。

ダンスがあったから言葉が疎かになった可能性も捨てきれないので良くも悪くもではありますが、ここでは「幸いにも」と言いたいと思います。わたしは彼にダンスがあってよかったと思っているからです。

きっと音楽や踊りは、傷ついた夜に彼を慰めてくれただろうから。

でも人間社会は大概「言語」で成り立っているので、ダンスがあるだけではなかなか難しいものがあります。


だからこそ彼は言葉を得る必要がありました。

たとえばそう、自分の心を的確に表してくれるような言葉たちを。


彼に欠けていた言葉はアイドリッシュセブンの仲間たちから少しずつ分け与えられます。なんとまぁ仲間に心を開いてから飲み込みの早いこと早いこと。

まだまだ咄嗟の場面では怒りが顔を出すこともありますが、元来、素直な性格の少年ですから、寂しい、悲しい、つらいなんて、普通ならマイナスで言いづらいことでも、言葉を得ればそれを表出することに躊躇いはありません。


そこで見えてきたのは四葉環の本質にあたる部分にあるであろう「献身」です。


ファンへの博愛でもあり、妹の理へ向けるものでもあり、逢坂壮五というたった一人の相方へのものでもあります。

鏡のように、もらったらもらった分だけ愛を返す。愛してくれる人を好きになって生きてきた中で、絶対に望んだだけは返してくれないのを分かって、それでもなお、与える。

喜んでもらいたい、その一心で。

どうしたらいいかも分からない中で自分なりに頑張ってるのに相方は一筋縄ではいかないし諦めかけていたこともあったけど、最初は強制的に向き合わされて逃げることを許されなかっただけだったけど、「それでも」「やっぱり」「分かりたい」と思うこと。忍耐強さを得て「諦めない」を選択したこと。

様々な経験を経て、環は不快なことでも誰かのために飲み込むことを知りました。


そうやって少しずつ、少しずつ、足りないところを埋めていって。

彼の献身が報われたひとつの形でもある『Foever note』の歌声のなんて嬉しそうなこと!

どの楽曲もエモーショナルに歌い上げていましたが、やはりこれは特別。


こうして振り返ってみると、彼の世界はぐんと広がり、随分と遠くまで来たような心地がしました。

力強く、しなやかに枝葉が伸びるような、思春期ならではの眩しいまでの成長。

しかもまだまだ成長の余地が残っているのだから、まったく末恐ろしい。


壮五の変化と

デビュー曲である『miss you...』と、そのカップリング曲である『恋のかけら』では、芯のある壮五の歌声が曲をリードする印象が強かったものですが、実のところ、わたしの感想を述べますと「そーちゃん、恋の歌を歌う気ある!!???」でした。

それでも破天荒にも思える環とのハモリは不思議とマッチしていたのが、もう、本当に社長の見る目の高さよ。


この頃の壮五はガチガチに自分の周りを「逢坂壮五」という鎧で固めて、誰に対しても分厚い壁を作っていました。

状況からしてもそうですが、なにより後から1部でTRIGGERのライブへ行くことになった時のことを振り返ると、彼の反応はあまりにも不自然でした。

あの段階で壮五がTRIGGERに会って会話を交わすだけで倒れそうになるほどコアなファンである設定があったと仮定すると、あの時の彼は静かすぎます。

ここから推測できるのは、壮五は誰にも自分の好きなものを公言したことがなく、していいとも考えておらず、また仲間たちにも心を開いていないということです。

好きなものを言葉にすることは恐らく彼にとって自分を曝け出す(=弱みを見せる)ことと同義でので、友人でもないビジネスパートナーへ己をオープンにすることはハナから頭にないわけで。この場合、選択肢にないのではなく、思いもよらないから、ある意味あの当時の自然体なんですが。


3部か4部で虎於と壮五が会った時、環はすごく嫌がりますよね。

壮五が「そーちゃん」ではなく自分の知らない「逢坂壮五」になるからです。

それで言うと、初期の壮五は限りなく「逢坂壮五」だったんでしょうね。環と馬が合わないのも、さもありなんと言ったところ。


アニメ特殊EDで使用された『雨』は、未来の時間軸の彼らが1部当時のMEZZO”のために歌ったかのような楽曲だと感じます。

冒頭で述べた「声が頑なすぎて恋の歌に聞こえん」問題は、ここで氷解しました。

物語でもちょうどこのあたりで環と一度目の大衝突をして無理矢理に鎧を剝ぎ取られましたからね。

案外、内面の変化と歌声がリンクしているのは壮五の方だと思うんですよ。

アイドリッシュセブンの楽曲では分からないんですけど、MEZZO”って結構ふたりのパーソナルな部分に近いから。

段々と柔らかく優しくなっていく表現に「声優さんって、すげぇ」と唸るばかり。

個人的には今のMEZZO”で歌う『miss you...』が聞きたい。


一人でがむしゃらに歌った「monologue」も、二人で歌えば「forever」になるし。

これってかなり情熱的じゃない?

6周年ストーリーで家とは絶縁状態なのだと言った壮五に対し、棗巳波が「素敵。アーティストはかくあるべきですよ」というニュアンスのことを言うんですが、これはすごく頷けるんですよね。わたしも彼のそういうロックなところが好き。

どういう分野であれ、それひとつへ生涯を捧げるというのは並大抵の覚悟ではありません。

ですから、なんらかの作品で描かれるアーティストは結構突き抜けていて覚悟がバッチリ決まっているカッコいい人も多い。

その一方で、壮五は迷います。自分がした決断は正しかったのか、揺れ動きながら「それでも」音楽を捨てられないのだと、もがきに来たのです。

なぜならそれが彼にとって「生きる」ことだったから。


壮五の覚悟の転換点はまず間違いなく『Monologue note』の作曲でしょう。

あれは、環に支えられたあの時の彼だからこそできた、彼なりの音楽への心中立て。

魂が叫び声を上げる、その衝動をつまびらかに晒す。

1部の彼には持つことができなかった覚悟がそこにあります。


これからも壮五は揺れるでしょうが、その度に踏みとどまるはずです。

彼には音楽を愛し続ける才能があり、四葉環という相方が覚悟を持つための勇気を与えてくれるのですから。


最後に

ということで、リリース当日中に間に合いませんでした……

気を取り直して。


「終わらない物語ほど魅力的なものはない」という言葉がありますね。

アイドリッシュセブンでは「アイドルもそうだ」と言っているように思います。

だからこそ、そーちゃんの『Foever note』には祈りと覚悟を感じずにはいられませんでした。記事タイトルも「永遠であれ」という願いです。


そうした中で、『Intelmezzo』という、間奏曲という意味合いを持つアルバムがリリースされたこと、その曲順に、希望を見ました。


リリースを長年心待ちにしていたマネージャーの皆様、本当におめでとうございます。

ハマって1か月半ほどという超新人マネージャーの森戸ですが、このタイミングで一緒にお祝いすることができて嬉しく思います。


この冬に来たる5部へ思いを馳せて!

おやすみなさい。

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