【ネタバレあり】運命の恋は存在し得るか
覚悟はいいか?
さぁ、『十三機兵防衛圏』ネタバレあり感想の時間だ。
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――――――*** ネタバレ注意サレタシ
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キャラ周辺をぐるぐる
見た目で一番好きなのは冬坂五百里です。とにかくかわいい〜! ザ・メインヒロインって感じの、ああいう色素が薄くて髪がくるくるふわふわしてる子が好き。日常の象徴ミワちゃんこと佐渡美和子とずっときゃっきゃしていてくれ…
外見性格総合1位は、天下無敵な女子高生歌い手・如月兎美。次点で相葉との探偵コンビが素敵なスケバン・鷹宮由貴、同率2位で女の子の味方なプレイボーイ・網口愁。そして特別賞は、愚直さとギャップの男・比治山隆俊と天才美少年※女装もあるよ・沖野司のペア(なんなんだお前たち!!)。南奈津乃と三浦慶太郎のペアもぴゅあっぴゅあで好き。
ところで比治山くん。
「焼きそばパンください!」が作中で一番イイ声ってどういうこと。
いやもうね、腹からスッと出た声だと確信するような声で、もうここだけで笑いが止まらないんだけど。あと薬師寺さんのことを「焼きそばパンの君」って呼ぶのやめなさいね。英語版だと「My yakisoba-pan angel」らしいですね。本当にやめて差し上げろ。五百里も「あ、校内でよく焼きそばパン持ってうろついてた人だ」って言うの勘弁して。今シリアスな崩壊編なのよ。
そんな作中随一の癒し枠である比治山くんの追想編、他の人と同じゲームか疑う。この人だけ違うゲームなんじゃないです??? 焼きそばパン買うためのRPGみたいな。いやホントなんであんなに小銭拾うのに苦労する必要が? 楽しかったですけども! メタ推理して進めましたよ!!
そんな膝から崩れ落ちながら焼きそばパンを褒め称える比治山くん(いやそんな人初めて見たわ)ですが、褒め称えるのが「焼きそばパン」であると言うところがなんとも言えず哀愁を誘う。それに加えて相方の沖野の所業は、通りがけの母が「この子(=比治山くん)もうかわいそうで見てられない」と言うほど。そんな過酷な目にあってるはずなのに笑えるエピソードで押さえてしまえる比治山くんって本当に強いな。同じく未来に飛ばされたはずの三浦くんの幸運度は人徳かな…いや比治山くんもいい子なんだけど、ほら、ベクトルが違うから…
それにしても比治山プロローグが終わって最初の章タイトル「沖野、貴様という奴は」には笑いましたね。もうこれ万感の思いが詰まってるじゃん。強く生きろ。
沖野も沖野で、無機質で「生」の気配のない頭脳労働派な儚げ美少年に見せかけて「第1世代パイロット!!???」みたいなね。いや思いもしないでしょ、あのゴリゴリ近接戦闘特化型の機兵に沖野くんが乗ってたなんて。でも、一歩踏み込む度胸と一瞬の判断力で言えば納得ではあるんですよ。いやカッコよすぎでは。あと、やっぱり彼も「僕の12番機兵だ」って言うんですよね…「僕の」…諒子さんも「私の14番機兵」だし、関ヶ原も「俺の15番機兵」って言ってるので、もともとセクター3の戦闘からパイロットしてた組は、自分のって意識が強いんだな…良い…… みんな、崩壊編で機兵に乗るのは自分が生き残るためじゃないんですよね。大切な人を戦場で一人にしないため。今度こそ守るため。あるいは、死なせはしないと誓ったから。でも、その根底にあるのは同じ「あなたを一人にはしない」と言う強い意志。それはつまり、共に生きる覚悟であり、その人の手を取る未来を強く強く希求する、祈りにも似た、かつての人類が託した願いの続き。2188年、失意の中、彼らはきっと最期に好きな人の傍にもいられなかったから…
そして、あの…2188年の…比治山隆俊と沖野司なんですけど……
あの、本当に、なんなんです???
え、は、色気がやばいんですけど。なんなの。一瞬しか出てこないくせに全っっっ部、かっさらっていったね……比治山隆俊の大人の落ち着きもだけど沖野司の厄介さ増し増しなひねくれ加減と同時に香る「愛されている」ことへの自覚を持った甘え…!
え、こわ……こんなんガチもんのオムファタルじゃん…
1945年の比治山くん、頑張れ…君には2188隆俊と同じだけのポテンシャルがあるはずだ…マジ頑張れ…
そう言えば、鞍部十郎編で出てくる柴くん(柴久太)がホラーでしたね。
いいキャラなんですけど、十郎編では柴くんと十郎の二人で網口の家に遊びに行ったのに、網口編では柴くんがいないのを見て「柴くんは十郎のイマジナリーフレンドだった…!?」と十郎の精神状態を本気で心配して血の気が引く思いでした…いやよかった、柴くんが十郎の脳内で製造されてなくて。ちゃんと存在した。本当によかった。もともと十郎は出だしから不安定な主人公でしたけど、このエピソードで「信用ならない語り手度」が爆上がりしましたからね…
そして、信用ならない語り手と言えば、はい、東雲諒子ですね。
諒子さんも結構好きです。ただ追想編の難易度は高めで、なかなか苦労しました。いやだって諒子さんずっと頭痛いし、めちゃくちゃな頻度で薬飲まないといけないし郷登蓮也も撒かなきゃいけないし物忘れも酷いし本当は真実も知っているはずなのに受け入れたくないしで、わたしは途中から宇宙猫顔でしたよ。もうね、とりあえず井田鉄也、お前が全部悪い(投げやり)。
諒子さんもそうですけど、2188年での構図を今も被せてくるように役割を当ててますよね。和泉や森村、井田や関ヶ原…とは言え、名前が変わってる組は「別人」扱いなんでしょう。彼らには「新しい」「別の人格」としての役割を求められていて、「元の人格」は同じ名前をした大人たちが背負っている。
でもこれは同時にどうしようもなく変えられないものもあるということも示していて。例えば、森村・冬坂の両名なら、ちょっと向こう見ずなくらいに無鉄砲な好意が原動力というところ。冬坂は運がよかっただけで森村にもなり得たと思います。危ういな、と感じる場面もたくさんありました。でも関ヶ原への告白シーンは「少女漫画かよ〜〜〜!!!」と思わず叫びそうになるほど甘酸っぱさ満載で、これが間違いだって言いたくたないなぁとも思うんですよね。美和子の「止まれないなら、行くしかない!」が恋に恋する彼女らしくて大好き。あそこで駆け出せるのが五百里のいいところ。
流れで関ヶ原瑛について話しますけど。本当に申し訳ない。わたし、彼の顔がペルソナ3の真田先輩に顔が似ているなと思っていて、序盤は関ヶ原を見るたびに「プロテイン…」「牛丼…」と頭をよぎってしまって、シリアスなシナリオと相まって非常に脳内がカオスなことになっていました。その印象が強すぎてダメです。ただ五百里が一目惚れするくらいに顔が良いことしか分からない…
さて…
キュゥべえはお帰りください。
契約はしません。
もうね、薬師寺さん編に出てくる猫「しっぽ」の憎たらしさと言ったら! まんまキュゥべえじゃねぇか。しかも薬師寺さん契約しちゃうし〜もう〜〜〜
この世界の人たち重度の恋愛体質なので、すべてが恋によって動いていくんですよね。強くなるも弱くなるも恋次第。五百里の時も言ったけど、恋の深みに嵌まる危うさみたいなものが前面に出てます。そして五百里は運が良かったけど、薬師寺は悪かった方なので、ここ新旧ヒロインで対比なのかな。でも、薬師寺は不幸中の幸いで結果的には致命傷にならなかったのでやっぱり運はよかったのか…?
最後のしっぽの台詞でなんとなーくイイ話みたいに〆てるけど、お前のせいで真面目な薬師寺さんがどれっだけの心労を被ったと思ってるんだ!!!と大声で主張したい。
しっぽ…というか和泉十郎の「もう誰にも頼れない」という気持ちも「もう自分で動くこともできない不甲斐なさ」も分かる。分かるし、彼は彼なりに大切な人を守りたかった人だし、絶望の中で「もうこれしか方法はない」と思い詰めたこともあったけど、最後には執念と言えるまでの努力でもって鞍部十郎へ繋いでゲームの舞台を整え、十三人(十五人)を新天地へ導いた立役者であることは間違いないのだけども。それとこれは別。そもそも歳の離れた娘みたいって、2188年和泉十郎の思いではなく? 2周前和泉も確かに精神年齢はもう40半ばだからそう思っても不思議ではないけどさ…そんなところまで繰り返さなくてもいいんだよ…
そう、何を隠そうこの作品「歴史は繰り返す」をこれでもかと押し込んできます。もうお腹はいっぱいなのでノーサンキューと言ってもお構いなしで突っ込んできます。
漫画『ぼくの地球を守って』が好きな人は好きなんじゃないかな…なんせ「何度生まれ変わってもあなたと恋をする」な運命の恋論者も「この恋は今のわたしが選んだもの」な意思重視型論者も納得の全方位包囲網が敷かれているので。数打ちゃ当たるな気がしないでもありませんが。十三人もいるので、問答無用であれこれ全部詰めお得パックです。
このお得パックの一角を成す、1周前の井田・如月カップルも可愛いし好きなんだけど、いかんせん井田の始末が悪すぎる…愛が重いよ…
因幡深雪の正体は、まぁ、名前でね、分かりました。でも、あからさますぎるので逆にミスリードなのでは?と疑ったり、疑いすぎて「みゆき」で「ゆき」が入ってるから由貴ちゃんなのでは!?なんてトンチキ推理をしてみたりもしましたね。思いついた次の瞬間には「ないよなぁ」とも思いましたが…
そもそも
衛星軌道上のアイドルって響きが素敵すぎてくらくらする。
因幡深雪はロマンの塊。大好きだ。
重すぎる井田の愛を受け止める海のように広い慈愛の心を持ちながら、同時に彼が選択を誤ればきちんと指摘し同意しない。如月は井田がいなくても生きていける人だけど、井田は如月に依存している。彼女がいない世界は、彼にはもう考えられないんです。だから如月は彼の行いを否定するし、井田は如月兎美が彼の元に「戻らない」ことは、たとえ彼女自身から説かれても許容できない。
これを純愛と、そんな綺麗な言葉で装飾してよいものか些か迷うところではありますが…井田鉄也を必ずしも必要としない如月兎美は、けれど確かに、彼を愛することを選んでいる。彼らの間に、これ以上の事実が必要でしょうか。
ところで、如月の性格って1周前と最終周でそんなに変わらないように思えるのに、恋愛観だけは妙に違うようにも見えるんですよね。井田(網口)への評価の差は真面目くんだった中学時代を知っているか否かに拠るものだとしても、最終週は斜に構えて見えるというか。親友である薬師寺恵が恋に転がり落ちていったのを隣で見ていたからだろうか…「送ってほしーな」と稔二に強請る様子からしても、たぶん彼女は本来甘え上手な女性なんですけど、「自分はああはなるまいぞ」「もしも恵が泣くようなことになったら私がどうにかしなきゃ」そんな警戒心や頑なさを感じるんですよね。だからこそ、好みとかそういうのの範疇にさえなかったリーゼントにうっかりときめいてしまうわけで。あれ、完全ノーガードだったよね。
彼女と緒方稔二との話はどれも胸キュンって感じで可愛らしくて素敵です。ただ、見た順番のせいだと思うのですが…如月の家を見に行ったくだり、井田とのやりとりを彷彿とさせる会話では胸がひどく痛んだのも事実で。もうここだけ完全に井田寄りの視点で見てるんですけど、最終周の緒方稔二と出会った如月は「井田鉄也の愛した兎美」ではないんだと、彼らの思い出が塗り替えられてしまったような、彼女はもうどこにもいないのだと突きつけられたような、やるせなく切ない心地がしました。色々と事実が分かってきた頃には気持ちの整理もつきましたが曖昧な時に見せられると妙なダメージを負う。くそう、井田め…
網口愁と鷹宮由貴のカップルは見ていて安定感のあるいい組み合わせでした。
軟派な男と硬派な女。どちらも喧嘩に強いので守り守られの関係じゃないのがいい。また、由貴ちゃんは過去のフラッシュバックもなければしがらみもないのでシンプルでよかったです。過去とか前世とかそういうのも素敵だけどあんまり続くと食傷気味になるからね。自称ワトソンこと相葉絵理花との探偵ごっこも楽しかったですし、すみれ橋での推理劇も好きな演出でした。
…最後の最後まで彼女のことを「相葉」と呼び続けた由貴ちゃんは本当に優しい人だ。
鷹宮由貴の幼馴染である南奈津乃は正直に言うと最初プレイしてて結構キツかったんですよね。「ト・モ・ダ・チ!」のところとか。テンション上がりすぎだよ、なっちゃん…
でも話を進めていくと彼女も十分に聡明な少女であることが見えてきて、無鉄砲で天衣無縫な元気娘の笑顔が曇らなければいいと願うようになるまでそう時間はかかりませんでした。
そう言えば、彼女と三浦慶太郎のカップルもほぼ一目惚れですよね。ここも運命の恋人組だけど初々しさが可愛いの。三浦くんはいつもイケメンだし、二人でいるとほっこりする。空気清浄機みたいな。はっ、もしかしてマイナスイオン出てる…!?
奈津乃パートで大活躍のBJも大好きなキャラクター。彼の献身と深い愛情は涙なしには見られません。彼の思いをしっかり受け止める三浦くんも素敵でした。「その機兵は彼だ。彼があなたを守らないはずがない」という台詞がグッとくる。これはこのまま「自分があなたを守ります」の言い換えですもの。
さて。
郷登蓮也については好きでも嫌いでもないので特筆すべきことはありません。
ただ、そう。一つ言うなら。
お前も恋愛村の住人だったのか。
それだけです。
追想編プレイ覚書
思えば、割合誰か一人に偏ることなく満遍なく進めていきました。進みが早かったのはダントツで冬坂五百里、次点で網口愁、南奈津乃だったかな。
正直、巻いた舌が戻らなかった。一つ一つはありきたりな要素かもしれない。でも、全部詰めようだなんて今まで誰が考えた? そんな大風呂敷、畳めるだなんて誰も思わなかっただろうに。
複雑に絡み合っているように見えた紐がスルスルと解けていく感覚。
目の前にいつの間にか組み上がっていた巨大なジグソーパズル。
面白いくらいに破綻のない、巧いストーリー運びに、先へ、先へ、といつになく逸った気持ちをなんとか宥めていたのを覚えています。
追想編のシステムで巧いな〜と思ったのは各主人公の出だしがほとんど固定されていること。出だしのシーンが繰り返されることでこの物語が「日常」の延長線にあることを強く意識させられた。そういった効果がありつつ、作る方としてはその分だけ工程を減らせるので、そういった意味でも巧い。いかに満足度を下げずに同じものを使うかが腕の見せ所だと思っているとこありますからね…
あぁ、そういった意味では緒方稔二もよかった。他の十二人が「日常」としての繰り返しを送る中、彼だけは非日常として同じ時間を繰り返す、と言う構図が捻りが効いている。ちなみに、わたしは勝手に「時をかける緒方」と呼んでいました。似たところで言うと、郷登蓮也編を「答え合わせ編」と呼んでたのもありますね。だって他12人が80%超えないとアンロックされないって言うんですもん…
追想編が3割超えたくらいで「え、これ、タイムトラベルじゃないんじゃない? 本当は地続きの場所に別の時代として5つのセクターを用意しているだけなんじゃ…」とゾッとしながら考えたんですね。
確か、きっかけは東雲諒子の台詞だったと思う。
「タイムトラベルは好きな時間に移動できるわけではない」「きっかり四十年ごと」「2104年より先には行けない」ということが東雲編の結構序盤で明かされるけれど、ここでいくつか思考が別れたんですよ。はっきり覚えてます。
まず、メタ的なところで「時代を制限しなきゃ確かに作りきれないわ」ということ。だから「そんなもんか」と思いかけた。でも同時に「そんなことってある?」と囁き声が聞こえてきた。そこからタイムラグもほとんどないまま「別の時代を想定した5つの場所を用意してそこを移動する」という解が降ってきて「時間移動より空間移動の方が現実的」だと咄嗟に思ったんですよ…後にして思えばそれどころの話じゃなかったんですけどね。
その仮定はしばらく脳内審議にかけました。で、その時は「やっぱり違うだろう」とゲームを再開したんです。だって、森村千尋という未来からやって来た人間が存在するから。だから、過去に戻る術はあるのだろうと納得して――いいえ、目を逸らしたんです。その仮定は恐ろしかったから。何か得体の知れない大きな存在が主人公たちの周りに蠢いていると、思いたくなかった。
でもね、寝る前にふと思ったんです。「森村千尋のループとタイムトラベルは同じものなのか?」と…
考えれば考えるほど性質の違うものに思えてならなく、翌日には「あの世界にタイムトラベルは存在しない」とほぼ確信めいた気持ちでいました。
そうしてそこから情報が開示されていく度、その仮説は裏付けられていきました。「これなら1945年より前のセクターが存在しないことも説明できる」「メタ的に見ても5つのセクターしかないことに意味を持たせる技巧的な巧さがある」と。
決定的だったのは2つ。1945年が怪獣Dの侵攻によって滅ぼされても歴史の改変が起こらなかったこと。ただ、これはパラレルワールドだと言われてしまえばそれまでですが。実際、このことから複数の主人公たちは早い段階で「他のセクターと時系列的に地続きではない」と確信していますし。
もう一つは網口編で「この世界は直径30kmしかない壁に閉ざされた場所である」という事実が明かされたこと。しかもここでは「ユニバーサルコントロールによって人々の記憶が改竄されている」こともサラッと出て来ます。これが示すのは、この世界に生きる人々にとっての「人智を超えたナニカ」が確かに存在するということ。つまりわたしが咄嗟に目を逸らした先にあった「この世界は誰かの管理下にある」ことが確定してしまったわけです。
追想編がほぼ8割になった頃、細かい部分は明かされても実は大きなギミックに動きはありませんでした。いや、一番大きいのに3割で気付いてしまったからかもしれないけど。
でもこの辺りで大まかな流れが把握できました。和泉十郎と森村千尋、井田鉄也のループ組の流れです。ごちゃごちゃしていたので脳内でまとめたところ何だか上手くいったので紙に書き出しました。夜中2時くらいで大層眠かったにも関わらず筆は止まらず、書き切った時は妙な達成感がありましたね…
クリア後に見返してみると、9割方(クリア前から一ヶ所だけ間違っているのは気づいていて、そこともう一ヶ所以外)は合ってました。間違っていたのは「どの」森村千尋がループしたのか、1945年に送られた森村のクローンの中身は「誰」か。結局、後者はネタバラシがあるまで気づけませんでした。前者の間違いに気がついた時に「アクム」を見直しました。確認したのは1週前の森村千尋が2週前の和泉十郎によって射殺されたかどうか。これにより、1周前森村はここで死亡しているため最終周の森村は1周前の森村ではないことが確認できました。そう言えば、クリア前にイベントアーカイブを見直したのはここだけでしたね…
考える前提条件が違ったんです。わたしは8割の段階で彼らは確かに「人間」だと思っていたので。でも確かに前提が定義されることによって、ループをするとどうして「適合者」の資格を失うのか、という謎にもしっかりと答えを出してくれています。凄まじい。
…と、まぁそんなわけで。
ゲーム時間軸である最終周に養護教諭として登場する森村千尋は2周前、和泉十郎とセクター0に転移した森村千尋でした。つまり、2周前の森村は2回、セクター0から再構築されているんです。1周前と、今と。でも2周前の段階で残したデータから再生されるので2回目の森村に2周目の記憶はない…同じ時間に何も知らないまま戻される…しかも2回目以降は恋した人とも引き離されて…耐用年数が間近でなければ、彼女はずっとそうして再生を繰り返されていたかと思うとゾッとします。
そしてこのことに気がついた時、あのすみれ橋の上で彼女がどんなに心寂しかったろうと、泣きたいような気持ちがこみ上げて、やっと理解しました。その時まで、森村千尋がなぜ十郎に執着するのか分からなかったんです。わたしにとって動機が不透明なまま死んでしまった人だった。それがパッと開けた。
森村千尋は、和泉十郎を愛している。
そんなシンプルなことがようやく腑に落ちたんです。彼女は1周前に生まれた森村千尋ではなく、セウター0から1周前に再生された記憶を持った森村千尋でもない。ただ、和泉十郎に恋をした記憶だけを持った、そこから先16年の苦楽を彼と共にした記憶を持たない、少女だった人なのだと。
何度も、何度も。
気が遠くなるほどの時間、繰り返された世界で、たったの最後3周だけをくり抜いて描いた物語だった。
十三人の主人公がいて、それぞれに謎があって、複雑に絡み合って、でも、全体を見渡した時、この物語は「和泉十郎と森村千尋の物語の終わり」を描いた作品だったのではないかと、そういう思いが駆け巡りました。少女だった、少年だった、二人が、失ってしまった多くのものを抱えて、それでももう一度あの頃のように手をつなぐための物語だったのではと…
もちろん、これは十五人(主人公+2人)が「命を得る」はじまりの物語です。けれどその裏側には彼らの息遣いが確かにあった。彼らが終わり、彼らの系譜を継ぐ十五人がはじまる物語――それがこのゲームの全容なのではないでしょうか。
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一番最後の大ギミックは予想を立てたりはしてなかったのですが、あまり驚きもしませんでした。そんなこともあるだろうな、というくらいで。むしろそれで細かい部分にも説明がつくので納得でした。残った謎は誕生日くらいですかね(なんで諒子さんと郷登だけ2年生なんだろう。早生まれ? でもポッドでの育成ってわざわざ誕生日設定までするの? 同じ日時に一斉に作るのではなく? それとも1年生の年齢だけど未来から来たから知識的にはもう2年生でいいとか、1年生に適合者が固まりすぎると動きづらいとか? みたいなことをつらつらと…)。どこかで言及されているんでしょうか。
ともあれ。
大風呂敷の割に少しすっきりとまとまった感はありますが、神やら精霊やらの横槍を入れず、徹頭徹尾「人間の物語」を貫いた十三機兵防衛圏。
人間を滅ぼすのも、繋ぐのも、人間なのだと。
終わりに「君の歌が聞きたいな」
♪ねぇお願い あなたの一番特別にして
♪そして 教えて 手のつなぎ方から
(因幡深雪「渚のバカンス」)
あの戦闘は、泣きたいような、祈るような気持ちで臨んでいました。
プレイヤーとしては最高に盛り上がる演出で、同時に、あの場に生きる十三人にとって網口くんが言う「歌…聞こえなくなっちゃったな…」は絶望でした。
だから、エンディングにまた歌が聞けた時は本当に嬉しかった。
印象に残る作中歌がラブソングなのも、この作品らしいと言えるんでしょうね。
(終)
*長々とお付き合いいただきありがとうございました!
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